末端鍼灸師の気になる症候群 「活元運動 1」
以前、( 野口晴哉の究極と、至高のフェルデンクライス )というタイトルで
「 活元運動の謎 」をとりあげてみたことがあった。
整体や療術マニアの方なら、活元運動は割と有名なのかもしれないが
一般には、ひどく取っ付きにくい内容かと思われます。
人間の理にある力をより敏感にするには? 自然治癒力とは何か?
ある種感覚的、体験的にのみ語られることが多い活元運動ですが
活元運動の謎を生理学的に解明!
といった切り口や、またそう感じさせる内容の記事やホームページ・ブログは
お目にかかった事がない。
個人的には、活元運動はパソコンのデフラグ? のごとく
身体に備わっているフィードバック機能を 「 最適化 」している最中に
おきている現象なのではと確信しているのですが … しかしながら
こんな不思議な現象に、なんで突っ込まないのか?
末端のアホ鍼灸師としては説明するのも限界があるが、これぞ健康のパンドラの箱!
すぴりちゅあるな現象と捉えるのも良いが、現代西洋医療がこういった事に
無関心で気づいていない間に、生理学を持ち込もうよ!
というのが本音で、パート2へ続かせる為にはまず導入が大切ですね!
野口晴哉さんの著書を読んでいますと、治療が上手になってからは
相手が早くよくなる程、患者さんのほうが依存するようになってくるので
晩年は治療を捨て、誰かの力を借りなくても丈夫になれる方法として
活元運動を広めたとある。 整体法の基礎 (1977年)
(━_━)ゝウーム
確かにそう思うし、ほとんどの人が自己治療できてしまったならば
国民医療費も大幅に削減でき、良い事ずくめなのですが
かといって、末端鍼灸師の現状は変わらない!
だって、東洋医学は 「 未病 」を治すのが良い( 名医 )
理念はあれど、そんな方法が普及しちゃったら
余計に鍼灸師の存在価値などなくなってしまいます。
なんだか矛盾しているようだが、治療家って病気に生かされているんだって
ふかーく噛みしめてみたんだ。
又、東洋医療に携わる者は、少なからずこうした矛盾を感じているでしょうから
このような悩みを「 傷患雑念論 」 としてまとめたら
張仲景 のように有名になれるのではないか … と思ったりもする。
どちらにせよ、自発的な自己調整の獲得に勝るものはないですが
にしても! 活元運動は治療院の施術には向いていない。
だいたい、他人の歪みを感知し 「 その素体が本能で戻りたがっている 」
状態と方向性に誘うのは、施術者のある種体験的な感覚が必要ですし
めんどくさいのです。
野口晴哉さんも、ほんとはそれがめんどくさくなって
活元運動を教えちゃったのではないか …
そういった意味で、快・不快でとりあえず施術の方向性を
判断してしまおうという操体法は、手技的好感度は高い。
しかし、活元運動を体験された方ならば
必ずしも快方向ばかりに動きが出ないことはご存知かと思いますし
時には捻じれるような、不快な動きを伴って修正されていく事のほうが多い。
特に歪みが酷い初期の段階では尚更です。
人生楽ありゃ苦もあるさー ♪ と、子供の頃時代劇を観てましたけど
毎回、民衆が同じように苦しめられていくストーリーに
人生 「 快 」 ばかりなんて、ありえないんだって! …
「 ですから、お代官様! 」
活元運動の原理を究明した暁には、是非とも手前どもだけが行える治療に
お計らい頂きたく、高額な治療費を ..
「 フフフ … お主も悪よの~ 」
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